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ANOTHER DECADE

from 2022 when it's begining after/with CORONA Virus.

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山崎宿~芥川宿~郡山宿

10月
4
2023
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16.7km 29026歩/6時間35分


  今日は曇り時々晴れ。気温がぐっと下がって26,7℃とのこと。家を出る頃は20℃くらいだったので一応羽織るものを持ったが歩くのだから着る事も無かった。
  朝の京都線山崎駅は結構な乗降客だ。時間通り8時に待ち合わせて早速出発。
  前回の終了地点「離宮八幡宮」の前は直ぐ目の前。(右写真 8:10)
  離宮八幡宮をぐるっと回って惣門の前に「山崎の渡し」と書かれた案内表示が有る。桂川と宇治川が合流した向こう側は石清水八幡宮が有る。 この辺りが山崎宿の中心であったらしい。残念ながらこれが本陣跡というところは無い。(8:14)
  更に八幡宮を回り込んで左に曲がると、暫くしてここぞ山崎という建物が目を引く。踏切をかすめて直進する。(8:22)
  ちょっと迷う交差点ではあるが、この赤茶色の舗装は西国街道を表示しているのだと思う。東海道でもこれと同じ色の舗装に各地で出会った。(8:27)
  水無瀬橋を渡る。この水無瀬川は直ぐ桂川に注ぎ、その河口付近が「山崎の渡し」である。(8:32)
     西国街道は大阪へ向かう道ではなく、ひたすら西に向かって伊丹を越えた辺りから南下して西宮に至る。 従って、この標識のように「左淀川」とか「左大坂」などの道標が頻繁に出現する。(8:40)
  高架下に道標があり、一風変わったモニュメントと言って良いのだろうか竹の子の碑が有る。 何を意味しているのかは全く分からずじまいであった。(8:47)
  高架を越えると直ぐに三叉路にやってくる。この分かれ道は古くから道標があっても不思議ではない雰囲気である。 無ければ誰しも迷ってしまいそうだ。右 柳谷 左 西ノ宮...と書いてあるそうだ。(8:49)
  1336年と言う昔、足利尊氏を迎え撃つ楠木正成がこの地で子の正行と別れたと「太平記」にあるそうで、 昭和10年に大楠公六百年記念大祭が催され、この地に臨時仮説停車場が設けられたとある。 また、奈良時代に街道駅(大原駅)が続日本紀に記されており、これを指すとも考えられているようである。(8:51) (大阪府ホームページより
  右はJR島本駅、左は阪急水無瀬駅。楠木正成(楠公なんこう)に因んで楠公道路と名付けられた駅前通りである。 西国街道はまだまだ西へと進む。(8:53)
  この道標のある三叉路を直進して直ぐ右手へ横断歩道を渡って山沿いの道へ入る。(9:13)
  JR京都線のガード下をくぐる。古いトンネルである。(9:19)

  左手にJRを見ながら線路伝いに暫く行くと、高層ビルのような橋脚が整然と並んで工事されている現場が見えてきた。 尋ねてみると第2名神高速だそうだ。それにしても高い。山崎からずっと右手は山が連なって居り、名神高速道路(E1)はトンネルである。 どうもその山も跨ぐらしい。(9:32)
  JRの線路から離れるように右手にとって暫くすると、右側に地蔵堂が在る。 かつて淀川沿いに在ったのだが、度重なる水害で移設され「水上がりの地蔵さん」と親しまれていると有る。 この地にはえのきが植えられた梶原かじわらの一里塚が在ったが現存しない。(9:33)
  暫く行くと高架(伏見柳谷高槻線)が現れる。ちょうど高~い高架の真下にミニパーク(梶原ポケットパーク)が在り、しばし休憩する。 この辺りの高架は殆どが名神の上を跨ぐため相当に高い。(9:46) 
  ちょっとびっくりしたのだが、この街道地図上では西国街道新西国街道丹波街道物集女街道と多彩だ。 さらに西宮から京都に至る区間を山崎街道(西国街道の区間別名)とも言う。
  檜尾川橋を渡る。欄干に施された参勤交代のモチーフが往時を偲ばせる。(10:05)
  高架をくぐった少し先の小さな十字路に花の井の道標が在る。(10:28)
花の井の道標(上)       (歴史街道 西国街道道しるべより)
  進行方向:舊記別所村[寶泉寺]二有 村田静儉建 元部牛後書
  裏側正面:花之井 従是四丁北
  逆行方向:能因法師 あし曳の山した水に影見れハ眉しろたへに             我老にけり
能因法師墳への道標
  進行方向:しき嶋のふかきをしへの跡とへば
            此渉るふじのみちよりそいる
  表側正面:能因法師墳 従是北方三町餘

  高槻駅前通りの次の通り(霊松寺道)を渡る右側にしか横断歩道が無い。(10:46)
  その直ぐ先に五叉路(小道を入れると六叉路)が在るが、ここは左側しか歩道が無い。その先のもう一つ越えなければならない車道には何も無い。(10:50)
  暫くすると丁字路に当たる。いろんな表記に「芥川」が目立ってくる。ここは枡形の入口か。(10:53)
  直ぐに小さな社と案内板の在る三叉路にさしかかる。 何か曰く有りげで読んでみると、親を邪推から殺された助三郎という子息が敵討ちを心に決め、京で剣術を磨き二年半余り諸国を巡ったが、 この地で見事本懐を果たす。討たれた八之丞の懐中から「討たれて当然で、討った方に咎は無い」との書状が見つかり、武士道の美談として伝わったとある。(10:55) 芥川 仇討ちの辻 (郷土史研究会案内より)
  高槻市内に残る二つの一里塚の一つで、現存する「芥川の一里塚」。大阪府史跡に指定されている。 ここは芥川宿の東口に当たり、枡形角の向かいにも対で榎木が植えられていたとある。 大正15年(1926年)、三宝荒神と地蔵が祀られ保存会によって守り継がれ、山崎街道で現存する唯一の一里塚となった。(10:57)
  地図上「芥川宿本陣跡」とされる駐車場。ご近所で何軒か尋ねてみたが詳細不明。(11:05/16173歩)
  愛宕燈籠と子宝地蔵尊。愛宕さんと呼ばれるお地蔵さんは子供の時から近所にも有り馴染み深いが由来は知らない。 ここまでにもいくつか在った。京都の愛宕(阿多古)信仰が広まったという話は聞いた事が有る。(11:13)
  その直ぐ先の上り坂途中に在るのが、坂の上芥川堤防を越えてくる水を、板を差し込んで止める芥川宿水門跡である。(11:14)
  芥川橋を渡る。(11:15) この先はかなりの距離道なりに進む。

  ずっと住宅街でお昼どうしようかと思っていると「R Sigon」と言うカフェが有った。軽い食事はOKとのことで一休み。 タイ米ベースでチキンなどをトッピングしたどんぶり風セット。おいしく戴きました。(11:50~12:30/19643歩) 満腹で写真撮り忘れる。
  暫くすると三叉路に。ここは左に取る。(12:41)
  直ぐに右手に取り、東海地方で良く出てきた曲尺手かねんて(曲手)のように曲がる。枡形と同じである。(12:41)

  この後、このような交差点を2回通過する。
  新しい石柱に[太田神社 右 ⇒]と書かれた道標の陰に古い小さな道標が建っている。(12:57)
  神社方面から見た正面:左 京 ふしみ道(今日来た道)
    〃     右面:右 とんだ(富田林?) 三しま

  坂を下った交差点手前には、登り向きにこの坂の呼び名「雲見坂」の標記された石碑が新しく建てられている。(13:00)
  風情のある建物。綺麗に改築されて今に残されている。本当に手間もお金も掛かる事だろうけど、長い時代を生き抜いた建物の堅牢さは耐震家屋以上だと思う。(13:04)
  名神高速道路とその側道に行き場を無くす。左手に取り安威川を渡り迂回する。(13:07)
  側道の信号を渡り、名神の高架下をくぐって向こう側に出る。

  出たところは目の前が西国街道で、先ほど迂回した突き当たりから直進できたとするとここに繋がる。(13:10) グーグルマップを見ると良く分かる。
  幣久良橋てくらばしを渡る。遠くに見慣れた広告塔を見つけ何故かほっとする。(13:38)
  東詰に古戦場の跡(白井河原合戦場跡地)が有るとメモって置いたにも関わらず、通り過ぎてしまった。
  中河原の道標。新しい石碑で文字も読み易い。東海道大津宿まで書いてある。(13:47)
  川沿いで国道171号線の交差点に出る。横断歩道は有るので問題なく横断。少し行くと車道に合流するが数十メートル先で左へ逸れる。(14:06)
  軽バンが2台入って行く脇道が西国街道で有る。正面に見える植え込みの向こう側に表示が有り、本陣の所在も記されている。(14:07)
  郡山宿本陣(椿本陣)。そのまま本陣の姿を保つ立派な建物が残っている。本陣前は全面石畳で整備されている。(14:10/26375歩)
  右かつをじの文字が読み取れる石碑。ダルマで有名な箕面の勝尾寺のことだろうか。そう言えば先ほどから右手を流れる川も「勝尾川」であった。(14:19)
  ここにはそのほかにも途中で折れてしまったものなど2,3点の石碑が有る。   
  その勝尾川を掛かる「鍛冶屋橋」を渡り、交差点を越えて更に西へ取る。(14:23)

  蛇行する勝尾川をもう一度渡って(山下橋)住宅街を西へ進む。(14:29)少し蛇行しながら堤防のような石垣に沿って進んでいくと、 突然場違いの建造物のような大阪モノレール彩都線豊川駅が見えてくる。
  モノレール下の交差点手前、駅エレベータの前辺りを本日の終了地点とした。(14:45/29026歩)

  東西に走る伊丹から守口方面へ向かう路線には何回か乗った経験が有るのだが、この彩都線と言うのは初めて乗る。 弥次さんもJR京都線の方が便利との事で茨木駅まで少しウォーキングを延長した。天気空気が良く殆ど疲れ知らずで歩けた。
  次回が楽しみである。

弥次さんが到達点で「29000歩越えてるよ」と言っていたので再度スマホアプリで確認すると帰宅時点で33008歩(歩数計23440歩)だった。 歩数計の感度を絞りすぎたかも知れないので、案分して訂正した。 2023/10/10



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