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ANOTHER DECADE

from 2021 when it's begining after/with CORONA Virus.

西国三十三所 第15番 新那智山しんなちさん 今熊野観音寺いまくまのかんのんじ

6月
27
2025
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詳細なデータについては 今熊野観音寺オリジナルサイトをご覧ください。

梅雨の雨も上がり、曇り空の朝。比較的過ごしやすそうな一日になりそうと、三十三所巡りに出かけることにした。なんとその日が梅雨明け宣言となった。

これから何ヶ寺かは京都市内と言うことも有って、果たして車で行けるのかと悩んでいた。 しかし観音寺だけは大丈夫だろうと、取り敢えず暑い時期でもあるので、ゆっくり一ヶ所だけで帰れば良いと気楽に出かけることにした。

余りナビのご厄介になることも無いだろうと思っていたのだが、一応セットしておいて正解だった。 昔々、京女の少し下がったところに「今熊野」という交差点が有った記憶を辿ってスイスイとその辺りまで来たのだが、全然違った。 東大路通が九条通へと右カーブし出す辺りを左折して、「総門」をくぐってさらに進むと分岐点に来るので、左折するように石標の所を下る。



朱塗りの「鳥居橋」を渡って門の中に5,6台分の駐車場が有る。

運良く駐車場はガラ空きだった。

低い石段を上がると、子供に取り囲まれた弘法大師の像が涼しげな空気に包まれて立っている。 「子護大師こまもりだいし」である。

この「本堂」で御朱印を戴く。ここは泉涌寺せんにゅうじの山内なのだそうだ。 右手の高台に見えるのは「医聖堂いせいどう」と言う多宝塔である。

撮影もOKとのことで、ご本尊(秘仏であるため同じ姿の御前立)を撮らせてもらった。

弘法大師こうぼうだいし作で、身丈一尺八寸 (約 55cm) の十一面観世音菩薩

本堂の右側に「大師堂だいしどう」が有り、石段下に「ぼけ封じ観音」の立像が有る。

さらに右手に「稲荷社いなりしゃ」と「熊野権現社くまのごんげんしゃ」が有る。 何れも鎮守社と言い、いわゆる守り神である。

この梵鐘は太平洋戦争の折に供出されたにもかかわらず、姿をとどめて残されて居り、戻ってきたのだそうだ。

ここを奥へ進んでいくと多宝塔へ行ける。

御朱印受付でご住職に尋ねると、「清水きよみずさんも駐車場有りますよ」だそうだ。ナビ頼りに駐車場を探して行くことにした。

第16番 音羽山おとわさん 清水寺きよみずでら



ナビによると市営の駐車場が有るようだったので、観光客をかき分けかき分けの如くに車を進めて行くと、見えてきた。

入場しようとすると「もっと上へ・・・」と言う様に指示される。なんと今日までバス専用なのだそうな。

駐車場は有るのかと尋ねると、コインパーキングが有るとのこと。よそ見をしていると当たりそうなので恐る恐る上がっていくと、「有ったあった!」

駐車場から出て、行列に並ぶともう向こうに三重塔が見えるほど近くだった。それにしても、ここはどこの国の「清水坂」?

左の階段を上り「仁王門」へ。

仁王門をくぐると、右の「西門」へ続く階段と、「鐘楼」の横を上るルートの間に「祥雲青龍しょううんせいりゅう」が有る。 上り詰めると「三重塔」である。


すべての伽藍に覆いがかぶっていない状態で、訪問するのは初めてかも知れない。今までは三重塔や本堂などどこかが改修中であった。 こんなに朱色だったのだなと改めて思った。

チケットを買って、「轟門とどろきもん」をくぐると回廊を抜けて「清水の舞台」である。

本堂を回り込んで、本来御朱印を戴ける「納経所」(改修中?)を過ぎて右に曲がると「釈迦堂」と「阿弥陀堂」の間に「百体地蔵堂」が見える。

この前に、釈迦堂へ入るスロープが設けられていて、この中に御朱印を戴ける納経所が仮設されていた。

唯一、ご本尊が公開されている「阿弥陀堂」。

奥の院」裏手に有る「ぬれて観音」と、表側の絶景ポイント。(京都駅方面、京都タワーが見える)



長~い下り坂を進んでいくと、少し広い道路に下りる。Uターンするように右手に取ると、すぐに左手に緩やかな上り坂がある。

階段を上がり切ると「子安塔こやすのとう」と言う安産祈願で知られる三重塔が有る。

この塔の一段下の通路からが、良く清水の舞台正面として目にする遠望の撮影スポットである。



「奥の院」の真下辺りまで戻ってくると、三筋の清水が流れ落ちる「音羽の滝おとわのたき」が有る。 とても並んでまで清水を酌もうとまで思わなかったので素通り。

西門と三重塔を仰ぎながら、「十一重石層塔じゅういちじゅうせきそうとう」を見て帰路に着いた。

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