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吉原宿~原宿~沼津宿~三島宿

2015年5月4日(7時間56分/35517歩)



  朝の吉原本町通り,人気のない交差点を出発(左・左写真=8:00)。今日はどんよりとしてところにより雨の予報。実は「下本陣跡」(コンドウ薬局)が50mほどであったのだが,通り過ぎてから気がついた。
  商店街外れの十字路を右斜めに進むと,すぐに岳南鉄道線というローカル線の吉原本町駅横を渡る(左・右写真=8:10)。

  和田川に掛かる「平家越橋」(右・左写真=8:19)。源氏と平氏が対峙した古戦場らしい。
  この辺りから和田川沿いに田子の浦に向かって南下する。   このとき京に向かう旅人から見ると左に富士が見えることから「左富士」の名が付いた。   広重の絵にある松並木は「残り松」一本のみとなっている(右・左写真=8:28)。

  ところで東海道が大きく湾曲して内陸部に吉原宿があるが,元々JR東海道線「吉原駅」付近であったようだ。 度重なる浸水で移設されたらしい。そのお陰で名勝「左富士」が生まれたということだ(左・左写真=8:28)。
  新幹線のガード下をくぐる。(左・右写真=8:37)

  [吉原駅→]の標識に従って右手県道170号線に入る(右・左写真=8:39)。ちょうど分岐点には[吉原駅入口]の信号がある。
  丁字路に突き当たるので右手前方へと進む(右・右写真=8:44)。

  沼川を渡り少し行くと[吉原駅北口]という交差点がある(左・左写真=8:48)。この辺りが昔の吉原宿であったらしい。
  ちょうど東海道線に沿った辺りに,以前はここを踏切で渡っていたのであろう,斜面を見つけた(左・右写真=8:53)。線路向こうには旧街道が見えている。

  少し先の踏切に迂回する(右・左写真=8:55)。

  突き当たりの道が今の踏切が出来るまでの旧東海道ということになる。左折して東に向かう。

  2キロくらいは歩いてきただろうか,県道170号線が県道380号線と合流する(左・左写真=9:20)。右手の方は信号のための言わばランプウェイ,厳密には東海道ではない。
  ちょうど信号の下が高架になっていたので道路の左側に出ることが出来た(左・右写真=9:22)。

  さらに,2キロほど来たところに[東柏原]という信号がある(右・左写真=9:58)。ここで旧東海道は左に逸れ,県道163号線となる。
  すぐに踏切となり東海道本線は旧街道の右手を走ることとなる(右・右写真=10:06)。

  4キロぐらい歩くと[原駅入口]という信号がある。ここまで来ると原宿に入って本陣も近い(左・左写真)。
  信号から300mほどで右側歩道脇に「原宿本陣跡」の石碑が設けられている。(左・右写真=11:05/17784歩)

  さらに進んで行くと,今度は東海道本線がカーブを描いて旧街道を横切る(右・左写真=11:37)。
  [西間門]という信号へ来る(右・右写真=12:41)。旧東海道の県道163号線と同380号線の斜め交差である。ここは直進する。 地名に「門」が付いている所以かどうかは不明だが,この辺りが沼津領の西境だったようである。

  [西高入口]交差点(左・左写真=12:53)。五叉路であるがとにかく真っ直ぐ進む。
  狩野川手前の信号よりさらにもう一つ手前の信号(左角に静岡銀行看板あり)を左折する(左・右写真=13:06)。左折後は車道右側の歩道を進む。

  今日はゆっくりと昼食をしようと思っていたので,次の信号手前にあった「そば処 安田屋」でしばしの休憩とした(右・左写真=13:15~13:43/25126歩)
  さて,本陣は近いはずと表に出たら,目の前に石碑発見,「沼津宿高田本陣跡」である(右・右写真=13:52)。数十メートル先の交差点を旧街道は右折する。

  東を向いて初めての交差点[通横町]を左折するが,道路右側歩道をキープする(左・左写真=13:54)。
  静岡銀行看板手前の石碑がある石畳の脇道が「川廓かわぐるわ通り」と名付けられた旧東海道である(左・右写真=14:04)。沼津城の外廓を成し,狩野川に面し,船着き場に隣接するなど中心的場所であったらしい。

  川廓通りの出口(東入口)である(右・左写真=14:10)。5分あまりで歩ける石畳の道であるが町中とは違った雰囲気があり落ち着ける。
  国道414号線を歩道橋で渡り,しばらくすると信号のある交差点で右手脇道に入る(右・右写真=14:20)。

  脇道に入って左側,二筋目くらいに「沼津の一里塚跡」がある(左・左写真=14:24)。 同所には「玉砥石」と言う大石があり,狩野川対岸の玉造神社や周辺に古墳も多いことから「玉造郷たまつくりごう」ではとの見方もあるようである。
  県道380号線に合流する(左・右写真=14:33)。

  合流してから7,800m,[東下石田]の信号で右手へ続く脇道に入る(右・左写真=14:45)
  しばらくすると,黄瀬川にかかる橋のたもとに来る(右・右写真=14:58)。 別の文献によるとこの辺りすんなりと橋を渡るのではないような道筋になっていたのだが,現地は整備し直された様子,そのまま道なりに橋を渡ることにした。

  黄瀬川を越えてしばらくすると,今回たぶん初めての並木らしい松並木があった(左・左写真=15:05)。 車の排気,道路の拡張など難しい面は多々あるだろうが残って欲しいものだ。
  国道一号線との交差点[八幡]である(左・右写真=15:15)。そのまま真っ直ぐすすむ。

  少し行った頃に,街道両側にこんもりとした樹木が見えてくる(右・左写真=15:20)。 「伏見の一里塚」である。左側の「玉井寺一里塚」は昔の姿を残しており,対の「宝地寺一里塚」は整備し直されている。
  三島宿に入る辺り,常夜灯が迎えてくれる(右・右写真=15:36)。

  伊豆箱根駿豆線「三島広小路駅」横の交差点(左・左写真=15:49)。踏切を渡って直進する。
  そこから初めての信号手前の,小道との角に「三島宿世古本陣跡」,またその筋向かい車道脇に「樋口本陣跡」の石碑が建っている。 (左・右写真/下・左写真=15:56/35517歩)
この信号(三島駅最寄り)で本日は終了。

  三島に宿がなかったため,沼津の「川廓通り」近くに予約しておいたホテルに電車で戻る。
  翌朝出発の時間になったが,弥次さんの腰痛が悪化急遽中止することとなった。(表向き箱根の山が噴火しそうだから・・・)
  ゴールデンウィークのUターンラッシュも始まっているし,時間もあるのでまたまた在来線で帰途に就く。

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