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倉賀野宿~熊谷宿

2008年8月15日(52337歩/10時間34分)



  今日の出発地点、倉賀野方面。白い建物が昨夜のお宿「新町ステーションホテル」である。 高崎線(信越本線が高崎から高崎線)で倉賀野に戻る。
  駅前通りから見た中山道。左の方角(東)へ向かう(左・右写真=7:50)。

  ほんの少し歩いたスーパーの前に「倉賀野宿本陣跡」の碑が建てられている(右・左写真=7:54)。
  さらに進んで行くとY字路「下町信号」に来るが、交差点の真ん中に<旧中山道>の標識があり、 間違うことはないだろう(右・右写真=8:01)。

  県道121号線をどんどん東へ、高崎線の上をまたぐ(左・左写真=8:16)。
  高架を下りると「新柳瀬橋北」という国道17号線との交差点を渡る(左・右写真=8:20)。

  すぐに「板鼻」の町に入る。「板鼻町信号」までは広い道であるが、実はこの先の狭くなる道が旧中山道で、「渡し場跡」まで続く。 そこからは「烏川」が越えられないためこの信号を右折する(右・左写真=8:28)。
  柳瀬橋から、渡し舟が行き交っていたであろう水面を望む(右・右写真=8:32)。

  橋を越えたところに「高崎伊勢崎自転車道」があり、烏川の堤防を中山道へとつないでいる(左・左写真=8:37)。
  堤防下は運動公園になっていて、大きく迂回するように続いているが、この道は間違いなく「関越自動車道」の下で中山道に直結する(左・右写真=9:03)。

  ガード下から見た旧街道。自転車道はまた堤防へと上がっていくが、旧街道はまっすぐ町中へ入っていく(右・左写真=9:04)。
  しばらくして県道178号線と合流して、温井(ぬくい)川を渡る(右・右写真=9:15)。

  橋を渡った辺りから見ると県道が緩やかに右カーブしているのが分かる。 そのカーブしだした付近の右側、民家のブロック塀の前に「新町宿小林本陣跡」の碑がある(左・左写真=9:21)。(8648歩)
  しばらく行くと、やっと昨日一泊した新町駅への交差点となる(左・右写真=9:28)。

  県道から国道17号線に合流する地点(右・左写真=9:40)。
  国道へ出て、自衛隊の前を緩やかに上っていくと「神流(かんな)川古戦場跡」があり、いよいよ埼玉県に入る。 [東京まで94Km]の標識が嬉しい。京都から430Kmほど来たことになる。

  神流川を渡りきると「勅使河原(北)」と言う信号が有り、国道から斜め左に分かれる中山道と、 直角に左へ折れる道とが交差している(左・左写真=9:59)。
  斜めの道は県道392号線で「金久保」という集落を抜けて再び国道17号線との交差点へと向かう(左・右写真=10:06)。

  その国道17号線との交差点(右・左写真=10:34)。横断して直進する。
  すぐに「神保原一丁目」という十字路に来るので左折する(右・右写真=10:36)。

  まっすぐ来た道が右に折れ、大きく左にカーブした辺りに「神保原陸橋(北)信号」がある(左・左写真=10:47)。
  そのまま、まっすぐ「小島」という大きな集落を進んで行くと、「小島四丁目」という信号を過ぎたちょっと先に392号線が右にカーブし、 直線上に中山道と間違いそうな分かれ道がある(左・右写真=11:21)。

  さらに392号線を、いくつか信号を越えていくと、「本庄駅入口」という信号に着く(右・左写真=11:43)。 左手前角の「埼玉りそな銀行」駐車場の辺りが「本庄宿本陣跡」らしい。(21305歩)
  本庄の町の外れまで来ると、国道17号線との交差点、「諏訪町信号」がある(右・右写真=12:21)。 この先は俄然、中山道らしくなる。

  ちょっと行った橋のたもとに「六助」と言ううどん屋さんがあった。 これがまた太っとい麺・・!!量も並が並じゃーない。(左・左写真=12:25~13:05)
  「藤田」と言う集落を過ぎると送電線の鉄塔がいくつも建っている分かれ道に来る(左・右写真=13:26)。 直進は丁字路突き当たりのような標識が見える。ここを右にとる

  すぐに県道と交差するが、どう見ても通ってはいけないと言わんばかりの柵がしてある(右・左写真=13:28)。適宜迂回?する。
  広い畑の中の新しい道に出て次の集落(堀田)へ向かう(右・右写真=13:32)。

  「堀田」を過ぎると欄干の親柱が特徴的な橋が架かっている(左・左写真=13:44)。
  この橋を渡り、坂を下ると17号線深谷バイパスの「岡(西)」信号を横断し、森の間の緩やかな小坂を上る(左・右写真=13:50)。

  岡部駅方面へ行く県道との交差点を直進(右・右写真=13:58)。
  間もなく国道17号線と合流する(右・右写真=14:05)。少し前から、東へ進んでいたという感覚が、どんどん南に向いてきたように感じる。

  「普済寺」「岡部」という信号がいくつも続く。「岡部(南)」と言う信号を過ぎたら要注意である。 200m程も行くと左に出光のガソリンスタンドが見えてくるので、その裏へ斜めに入る旧街道を見逃さないようにする(左・左写真=14:30)。
  しばらく迂回して、また17号線と斜めに交差するところが「宿根」の信号である(左・右写真=14:45)。

  ひとつ手前の信号を本陣跡のある信号「深谷」と勘違いしてしまった。 この本陣のように立派な建物は「関根弁之助商店」という(右・左写真=15:05)。(35419歩) 後で調べて分かったのだが次の信号の手前左側「飯島印刷所」が「深谷宿本陣跡」であるとの記述があった。
  「本住町」を抜け17号線を斜めに横断する(右・右写真=15:43)。

  どの松が「みかえりの松」かと思いながら交差点を渡った辺り、並木が綺麗である(左・左写真=15:45)。 残念ながら2006年害虫枯れし、交差点の真ん中でもあり伐採されたことを後で知る。 同時に再生計画との記述もホームページで見つけた。期待したい。
  「東方町二丁目」の信号を直進(左・右写真=16:05)。263号線は左へ折れ、中山道は自然と264号線となる。

  264号線になってからかなり来た。17号線熊谷バイパスとの交差点である(右・左写真=17:06)。
  歩道橋を渡りしばらく行くと17号線に合流する(右・右写真=17:13)。

  すぐに[旧中山道→]の標識と歩道橋が見えてくる(左・左写真=17:15)。 歩道橋を渡り、斜め右に入る。
  道なりに任せて進む。途中「新島一里塚跡」があり、新興住宅地にあって中山道らしさを醸し出している(左・右写真=17:33)。

  中山道は、すぐに17号線と合流する(右・左写真=17:35)。次の分岐が左へ入るため前もって左側道へ移ることにする。
  市街地の入り口「熊谷警察署前」の信号を直進する(右・右写真=17:41)。

  「石原駅入口」の信号。ここも左斜めへ入る道路があるが、ここは違う(左・左写真=17:54)。
  「石原(南)」信号(左・右写真=17:58)。ここが目的の旧中山道入り口である。 [埼玉慈恵病院]の標識どおりに進む。


  旧街道らしい町並みを進んで行くと、ビル(八木橋デパート)の建つ通りに突き当たる。 右折して17号線を跨ぐ歩道橋へ上がる(右・左写真=18:05)。
  歩道橋の上から見た車の多い中山道。旧中山道は17号線右側の歩道と見た方が良さそう(右・右写真=18:07)。 次の信号の少し向こうに本陣跡がある。

  バス停の手前に「熊谷宿本陣跡」の碑が建っている。バス停は本陣を模してか、瓦葺きであった(左・左写真=18:10)。
  いくつか信号を越えて、本日の終着点「本町二丁目」の信号へ到着(左・右写真=18:22)。


  信号を右に入り、飲み屋街に本日の宿「イーホテル熊谷」がある。

熊谷市弥生2丁目66
Tel.0485-22-0234


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