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細久手宿~大井宿
2007年5月4日(30122歩/6時間25分)

ぐっすり眠ったおかげで、夜明けとともにウグイスの鳴き声に目覚めた(左・左写真=部屋から)。
7時35分、作ってもらったおにぎりをバッグに詰め、おばあちゃん(親しみを込めて・・・=15代目女将)に見送られ出発。
宿の外れ、おばあちゃんが子供の頃通っていたという小学校跡を右手にとる。左はサーキットへ(左・右写真)。

しばらく、木立に囲まれオゾンを吸いながら進むと、清らかな池が見えてくる。
「弁財天の池」である(右・左写真)。
ここから少し上ったところに脇道があるがまっすぐ広い道を行く。
案内板が脇道側に寄っていてそちらのように見えるが、ガイドブック等ではまっすぐとある(右・右写真)。

坂を下りると、変形の十字路になっている。向こうに見える建物は警察犬の訓練所である。
ここは白線に沿ってまっすぐに進む(左・左写真)。
またすぐに丁字路(ほんとうは下字路)にさしかかるが、ここも直進する(左・右写真)。
大きくカーブを描きながら坂を下ると、小さな川を渡る。

すぐに、舗装された道は右に折れながら一軒の住宅の前へ向かうが、
その住宅の裏を通って上っていくのが
「琵琶峠西上り口」である。
実は、工事の看板とおしゃべりで石碑を見逃し東上り口まで行って、戻ることになってしまった。
途中車道を横切るが、その辺りから石畳となる。

峠頂上の「馬頭様」と皇女和宮歌碑(左・左写真)。
住み馴れし都路出でて
けふいくひ
いそぐもつらき
東路のたび
琵琶峠東上り口の道標(左・右写真)。ここで舗装道路を左へと進む。

「烏帽子岩」と「母衣岩」という大きな
「二つ岩」の横を通り、
まもなく丁字路に来る(右・左写真)。大湫(大久手)宿の入口である。
すぐの所に立派な高札場が残っている(右・右写真)。
本陣跡は石畳(下・左写真)を上がった所にある小学校。(12435歩/10時00分)

ここにも、和宮の歌碑がある。
遠ざかる 都を知れば 旅衣
一夜の宿も 立ちうかりけり
思いきや 雲井の袂 ぬぎかえて
うき旅衣 袖しぼるとは
本陣跡の案内からすぐに突き当たりとなる(左・右写真)。ここを右折する。

曲がったところにお店があるが、この先は無いので調達しておく方が良い。
まっすぐに坂を上っていくと(右・左写真)、宿を見渡せる高台に出る。
いよいよここから
「十三峠」の始まりである(右・右写真)。
大小あわせて13+α(約20?)もの峠が連なっているという意味らしい。
従って、「今いくつめやろ?」などと考えずに上り下りを楽しんだ方がよい。

山に入ってすぐの分かれ道。左へ取るのだがまず間違うことはない(左・左写真)。
車を気遣うこともなく、澄んだ空気と涼しい風。
ほんとうの意味でのウォーキングに集中できる。道案内もさほど必要なくなる。
坂を下ると車道が見えてくる。降りきったところを渡ってまた木々の間へ・・・(左・右写真)。

少し行くと、道が大きく右にカーブして下っているところに来る(右・左写真)。
ここは写真の、日に輝いている枝葉の下をくぐるようにまっすぐ奥の方へ進む。
この木陰が
「三十三所観音」である。
ここから少し先の木々は、まっすぐに伸びてとても綺麗である。
時々、「ナイスショーッ」などと聞こえてくる。
そうゴルフ場のど真ん中を突っ切る森のトンネルを行くのである(右・右写真)。カン・カンと音がしたらご注意!!

少し右手に開けた場所に出る(左・左写真)。その開けた方へ下っていく道と、
なだらかに上っていく道の二手に分かれる。左の、上って行く道を進む。
またすぐ、上りきった辺りに、車止めのある脇道がある(左・右写真)。これが中山道である。

道案内は不要な場所だが、あまりのすがすがしさに一枚(右・左写真)。
左端を向こうへ続くのが中山道である。
しばらく行くと、坂を下りたところで少し広い道路に行き当たる(右・右写真)。
ここは左だが、左を向いて数メートルのところがまぎらわしい。右へはいる地道があり中山道風・・・!?。
広い道路は左へ折れて下っている(下・左写真)。

正解は、左の坂を下る(左・左写真)。
右にカーブしながら降りきった辺りに大きな
「中山道の石碑」が建っている(左・右写真)。
この石碑の向こうに見える針葉樹林の縁に沿うように右に分かれて山に入る。

芝が刈り取られたようなところへ出た。時期によっては様子が違うかも知れない。
短い坂を下ると別の道と交わる(右・左写真)。中山道はこの道の向こう側へ渡ってすぐ右の方へ折れさらに下る。
山中を抜け出て、ちょっとした平地の集落入口に来る。大きな案内板がある。

集落の中程で三叉路があるが、直進する(左・左写真)。
突き当たりは車道であるが、この角が
「深萱立場(ふかがやたてば)
本陣加納家」である。
(19729歩/11時40分)

本陣の角を左に曲がって、ちょっと行ったところに高札場がある(右・左写真)。
ちょうどその向かいに橋があって(右・右写真)、その橋を渡って川沿いに左へ折れる。

またすぐ上り坂となり、丁字路があるがまっすぐ上がっていく(左・左写真)。
この辺りも古い石畳の道である。息を切らして足下に目がいくので、
自然に発見してしまったのが
「ぼたん石」(左・右写真)。
この峠を上りきったところにある
「紅坂一里塚」でお昼にした。(20821歩/11時55分・12時15分)

しばしの休憩と大黒屋さんのおにぎりで息を吹き返して出発。田んぼもある、割と平坦な道である。
途中一カ所分かれ道(右・左写真)に遭遇するが左へ取る。
坂を下っていくと、別の下ってきた道と合流して山里へ入る。
この集落の中は土色の舗装で中山道を区別している(右・右写真)。

村はずれに来ると、舗装路はまたアスファルト色となり、右へ地道の中山道が続いている(左・左写真)。
すぐに小さな橋を渡って
「乱れ坂の石畳」(左・左写真)へと続いている。

木々の間を縫って歩いていくと、大きな空間が近づいてくる(右・左写真)。
すぐ手前には
「下街道→」とある。案内では名古屋から伊勢に通じる道で中山道を
「上街道」というらしい。
この空間は
「槙が根立場」とかかれた大きな案内があるが、ロープで囲われ「売地」と書かれていた。
しばらく行くと上ってくる車道と合流する(右・右写真)。

そのまま車道を上っていくと携帯電話のアンテナ塔が近づいてくる(左・左写真)。
鉄塔の手前(写真:車のすぐ後ろ)を右に折れ、坂を下る(左・右写真)。
一段したの道とすぐ交叉するが、そのまままっすぐ突っ切って進む。

すぐにすばらしい眺めの並木道に出る。松並木ならぬ桜並木である(右・左写真)。
よく見ると、この南側斜面全体が桜で覆い尽くされた公園になっている。
さらに下っていくと石畳の道が二股に分かれているところに来る(右・右写真)。
写真の右側は駐車場になっていて、中山道はまっすぐ下っていく。

中央自動車道のすぐ傍、行き交う車を見下ろせる辺りに
「是より西 十三峠」と書かれた石碑がある。
(27359歩/13時30分)
さらに下って中央自動車道のガードをくぐる(左・左写真)。
田んぼの中を進み、車道に出たところで中央本線の踏切をわたる。
左側にとても立派な石碑の案内板が建っている(左・右写真)。
ここを左に折れて線路沿いに行く。

少し右にそれ線路から離れたところに五叉路がある(右・左写真=来た道右側から)。
歩道橋を渡り、左より斜めに進行する(写真で奥の方へ続く道路)。
なだらかな坂を下っていくと、道路が右カーブしている手前に十字路があるので右折する。
「銀座商店街入口」とある(右・右写真)。

すぐに、中山道らしい橋を渡り細い道に入っていく(左・左写真)。
曲がっていたり、脇道があったりするが、そのまま一本道で左・右写真の交差点に来る。
ここから先が銀座商店街らしくなる。

いよいよ、目的の駅前通り交差点が見えてきた(右・左写真)。
次回またここからと言うことで本日のゴールイン。(30122歩/14時00分)
恵那駅は一信号、すぐそこに見えている。
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