西国三十三所 第11番 醍醐山 上醍醐・准胝堂
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標題の如く、本来は上醍醐(醍醐山山頂一帯)へ3キロの登山を要する難所で、それ故に霊泉「醍醐水」を飲んで「醍醐味」と言ったことが現代にも通ずると言われている。只現在は、2008年8月24日未明の落雷により准胝堂が焼失した(by GEMINI)為、ご本尊は下醍醐の観音堂に安置されている。
復路はさざなみ街道(湖周道路)をドライブ
作法に従って総門から
総門から南へ白壁に沿って少し行と駐車場が有る。(5時間まで1000円)
駐車場からそのまま参道に入ると総門の中に出てしまう。ここは作法に従って一旦道路に出た上で総門から入った。
平坦で広い参道の左側は「
三宝院」、右側は「
霊宝館エリア」。
幸いにも三宝院は、2025年1月10日~3月18日の「特別公開」の期間最終フェーズであった。帰りにゆっくり見ることにする。
* 今に至るまで三宝院の読み方は sam-pou-in だと思って来た。
調べてみるとどちらの読み方もするようだが、ここは本家本元のアルファベット表記に有るように san-bou-in とすることとする
仁王門を越えると伽藍エリア
さらに進んで行くと西大門とも言われる
仁王門が有る。
もう少し春めくと見事な景色になるのだ
ろうな。
文字が書いてある白い部分を参道と見なして奥(下)へ進む。
門をくぐったところに受付が有り、
伽藍エリア、三宝院それぞれ600円、伽藍・三宝院共通なら1000円と割安になる
(特別公開部分は別途800円)
金堂に至るまで立て看板のような森に囲まれていたが、2018年9月4日に関西を襲った台風21号でこの左右の森がすべて喪失したとのこと。全くの青天井であった。
我が家のガレージに貼ってあるポリカもめくれ上がってびしょ濡れで修理した。
参道が右に折れすぐ左へ、クランクのようになっているところに「
金堂」が有る。
又その右側のエリアには、「
清瀧宮拝殿」と「
清瀧宮本殿」が有る。醍醐寺の
総鎮守である
清瀧権現を祀る宮殿とのこと。
又、清瀧権現とは真言宗醍醐派総本山である醍醐寺の守護女神であるとGEMINIは答えた。
准胝観世音菩薩と
如意輪観音を指す。
拝殿と同じ右エリアには、醍醐天皇の冥福祈って、951年に完成した京都最古の建築物で、応仁の乱(1467年~1477年)の荒廃を免れた「
五重塔」がそびえ立つ。
参道を跨ぎ左エリアには「
不動堂」が有る。
この先は左エリアのみとなり、不動堂の隣は「
祖師堂」である。
真言宗を開いた
弘法大師 空海と、
その孫弟子で醍醐寺を開創した
理源大師 聖宝とが祀られていると醍醐寺ホームページにある。
さらに、門をくぐる。「
日月門」である。
鐘楼と並んで、「
観音堂」が有る。
上醍醐・准胝堂に有った
准胝観世音菩薩は火事以降この下醍醐に移され、
ここが「
西国第十一番札所」となっている。
下醍醐の最も奥になるエリアには
弁天堂が池に浮かぶように建っている。
この池の周りだけ外国の旅行者が居て、何か惹かれるものが有るのだろうか。
ここから先はゲートが閉められて居て通れない。只ゲートの外側は醍醐寺に入場しなくても脇道が有るようで、一般の人が奥醍醐へ登れるようだ。
只、笠取山450メートルの登山となる。
別冊 三宝院特別公開
2025年1月10日~3月18日の「特別公開」
大玄関(重)
納経所
本 堂(重)
非公開エリア
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賀茂の三石
亀島
鶴島
純浄観(重)
松月亭
奥宸殿(重)
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特別拝観エリア
- 回廊の階段を数段上がる。ここは純浄観という。
豊臣秀吉が槍山で催した「醍醐の花見」で建てられた茶屋を移築したものとのこと。
秋の間と春の間が有る。この建物は最も床が高く庭が俯瞰的に一望できる。また高い床下を船で通れるように水路が引かれている。
- 回廊を左へ曲がり本堂へと向かう。本堂内は全面撮影禁止となっている。
- 本堂から渡り廊下を真っ直ぐ進むと、右手に水路が床下から茶室である松月亭に至る小さな庭が有る。
日頃は非公開エリアとなっているが今回の公開期間は茶室にも入ることが出来た。ただし室内での写真は外に向けても禁止とのこと。
- 茶室の隣は奥宸殿。二つの席(座布団)が有り、茶室側の客席に座ると純浄観へ上がる階段の下を通して
藤戸石が見えるよう設計されている。
歴代の権力者が所有したとされる、天下の名石を客に見せつけたようだ。
因みにこの石は脇の低いものを含めて三つで、阿弥陀三尊表し細川氏が「勝利石」として京都の細川邸へ、
それを織田信長が二条御所に移し、さらに秀吉が聚楽第を経て三宝院へ移したとのこと。
レファレンス共同データベース参照
通常拝観エリア
- 玄関を入ると畳敷きの玄関大広間の奥に三部屋の広間が並んで居る。いずれも目を見張る襖絵である。
- 玄関から続く廊下から納経所(売店と続いている)へは入ることができる。障子窓から唐門から続く庭が見渡せる。
- 一旦納経所を出て、廊下を進みぐるっと右へ回り込んで庭園側の回廊に出ると、入口から入った客をもてなす三つの部屋が並ぶ。
一つ目は納経所から見えていた葵の間(20畳)。二つ目は秋草の間(15畳)。三つ目は勅使の間(10畳)と、
順に位が上がり、それに従い部屋が小さくなる。床の高さも異なり、葵の間奥ふすまの敷居がかなり高くなっているのが分かる。
- 庭に目を向けると参道側と同じ紋がデザインされた唐門が目を引く。
参道の階段下には「下乗」の石碑が有り、馬を降り徒歩で門をくぐって三つの間に通されるのであろう。
- 表書院の内部は三つの部屋で構成されており、下段の間(27畳)、一段高くなって中段の間(18畳)・上段の間(15畳)と続く。
下段の間は畳を上げると能舞台となるそうだ。
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