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天竜川駅最寄り〜見附宿〜袋井宿

2013年8月14日(31824歩/7時間00分)


  5月の連休が中止となり7か月ぶりの天竜川駅。米原での連絡もよく浜松行に乗れたので乗り換えも最小の2回で済んだ。 時間は掛かるがダダ込みの新幹線を避けられる在来線の旅はとても快適である。(左・左写真=10:19)
  今日の出発地点,旧東海道(県道312号線)[天竜川駅入口]交差点。ここを右へ向いてスタートする。(左・右写真=10:27)
  旧東海道らしさを残す松並木(右・左写真=10:37)。この先で1号線浜松バイパスの高架をくぐる。
  小橋を渡ってすぐ,Y字路に差し掛かる。ここから右手へ取り,県道314号に入る(右・右写真=10:52)。 このY字路の中央,フェンスの中に一里塚跡がある。
  そのフェンスの中,「安間の一里塚跡」。 ちょっと読みづらい。折角空いている土地,何とか木の一本も植えていただければと思った(左・左写真=10:54)。
  「松林禅寺」の筋向いにある「かやんば高札場跡」(左・右写真=11:00)。当時この辺は萱場(かやば)村と言ったようだ。
  間もなく「六所神社」というお宮さんの石垣が見えてくる(右・左写真=11:10)。
  この辺りは,江戸へも60里,京へも60里ということで「中の町」と呼ばれたようで,転じて中野町の名になったそうだ(右・右写真=11:11)。 神社を右手へ迂回し階段を上がって堤防上へ出る。
  堤防を左へ進むと丁字路となる交差点[天竜川西]に突き当たる(左・左写真)。
  手前の県道312号線にかかる橋梁には歩道がないので,信号向こう側の国道一号線(新天竜川橋)へ進む(左・右写真=11:22)。
  新天竜川橋を渡りきったところに細い堤防道があるので,右折して右側を走る県道へ移行, 少し県道を下ったところにある[天竜川橋東]信号(右・左写真=11:42)を左折して浜松バイパスをくぐる。
  ぐるっと回ってもう一度堤防に出る(右・右写真=11:48)。ここを右折して上流にある三つの渡船場跡へ向かう。
  第一の渡船場跡「下之渡」の石碑である(左・左写真=11:54)。堤防道と堤防を下る道の間にすぐ発見できる。
  更に堤防を先に進むと,小さな鎮守の森が見えてくる。堤防に近い木々の間に道標が立っており(左・右写真=12:01)堤防に階段がついている。 ここが第二の渡船場跡「天白神社 中之渡」である。
  もう一度堤防に上がり上流へ向かうと堤防を下り住宅横を抜ける道がある。 その突き当りに徳川家康の許可証「遠州天竜池田渡船の事」という高札が掲げられている。 すぐ横に「池田橋の跡」の石碑がある(右・左写真=12:06)。
  ここより,堤防に沿って集落内を天竜川橋まで戻ることになる。途中集落を出たところだがどんどん景色が変わっているようだ(右・右写真=12:24)。
  浜松バイパス(磐田バイパス?この辺から名前が変わる)高架下を通り,一号線[池田入口]交差点へ(左・左写真=12:29)。
  歩道橋を渡って南へ直進するのだが,ちょうどラーメン屋さんがあったので昼食にする(左・右写真=12:31〜13:12/10219歩)。
  県道[長森]交差点を渡って住宅街を進んでいくと左方道沿いに来た小川が右側へ交差するところがある。 そのすぐ先に名前のない信号があり(右・左写真=13:21),それを左折する。
  角を曲がるとすぐ「長森立場跡」の碑がある(右・右写真=13:25)。実際はここより数十メートル東であったようだ。 また,長森かうやく(膏薬:こうやく)は非常に珍重され土産物としても人気だったとある。
  県道261号線に合流する。僅かに残り松が点在している(左・左写真=13:40)。
  「宮之一色」バス停を過ぎたところ,右側に「宮之一色秋葉山常夜灯」がある(左・右写真=13:49)。 1828年に建立され,竜の彫り物があるため「竜燈」とも呼ばれる貴重なものらしい。 風除けの板に囲まれ上部の格子から灯りがもれる構造をしており陸の灯台としての役目を持っていた。
  さらに,2〜300m進むと左側に「宮之一色の一里塚跡」がある(左・左写真=13:53)。
  暫くすると,y字路に差し掛かる(右・右写真=14:11)。 県道261号線から右手へ外れるが,元々旧東海道の方が直線的であったようだ。
  市街地に入って,ピンク色のビルが見えてきたら,磐田駅前通りである(左・左写真=14:29)。 交差点右がすぐ磐田駅,旧東海道はここで左折する。
  県道56号線(天平通りというようだ)を進んでいくと鎮守の森が右手に見えてくる(府八幡宮)。 そこからすぐの所に磐田郵便局がある(左・右写真=14:54)。旧東海道はここを右手へ入る。
  少し迂回したようにまた元の道(県道56号線)にもどる(右・左写真=14:57)。
  国道一号線の歩道橋を渡り,暫くすると[西坂町]というバス停がある(右・右写真=15:03)。 この交差点を右折する。
  新しい街並みという感じのする道を進んでいくと県道86号線との交差点に来る。 この信号の手前,左の角に「谷口園」というお茶屋さんがあり,「見附宿本陣跡」の石碑が建っている(左・左写真=15:24/21119歩)。
  さらに,東へ進んでいくと,歩道に「愛宕橋」と記された欄干がある(左・右写真=15:37)。 その先に見える「愛宕山」の階段を上がると「阿多古山の一里塚跡」がある。 旧東海道は階段左の脇道を登る。
  国道一号線と合流(右・左写真=15:46)し,少し先に見える歩道橋を渡って(右・右写真=15:50)右脇道へ進む。
  東海道らしい松並木を見て(左・左写真=15:52)旧道らしい住宅街をどんどん進んでいくと一見十字路に見える五叉路に来る。 「三箇野車井戸の跡」「明治の路」という道標があり,ここを左折するのが明治の東海道である。
  さらに直進して鬱蒼とした森に入ると「江戸の路」の道標が見つかる。ここを左折する。 直進すると「大日堂」という祠があり,右手へ踏み分けると「鎌倉の路」らしい。
  急坂を下ると先ほどの五叉路から左へ下ってきた「明治の路」に合流する(右・左写真=16:16)。
  少し歩くと袋井バイパス(磐田バイパス改め:現代の東海道)脇の信号のない十字路に来る(右・右写真=16:21)。 そのまま直進してガソリンスタンド横へ進む。
  すぐ堤防に突き当たるので,階段を上り堤防上に出る(左・左写真=16:23)。
  現代の渡しは,県道413号線の太田川橋を渡る(左・右写真=16:25)。
  小さな川を渡って袋井市に入ると運送会社の大きな看板が目立つ。そのあたりから前方を見ると左へ入る脇道が見える(右・左写真=16:39)。 旧東海道は暫く迂回する。
  すぐに「木原の一里塚」が見つかる。復元されたもので元の位置はさらに東へ60mほどの所であったらしいが現存しない(右・右写真=16:53)。
  再び旧々東海道は旧東海道に合流する(左・左写真=16:57)。 この辺りに出茶屋や高札場があったのだろうか,現代の高札には広重のそんな光景が描かれている。
  [川井]の信号から県道413号線から離れて右手253号線に入る(左・右写真=17:06)。
  大きくS字を描いて橋を渡ると袋井宿である(右・左写真=17:19)。
  橋の東詰には常夜灯と高札場が公園として整備されており出迎えてくれる(右・右写真=17:20)。
  [静橋北]の信号にはまたまた宿場らしい公園がある(左・左写真=17:25)。 ここを右折して袋井駅近くの宿へ向かうのだが,目と鼻の先に本陣が見える。
  「袋井宿東本陣跡」(左・右写真=17:26/31824歩)。東・中・西と三軒の本陣があり,東は「壱番御本陣」と呼ばれたらしい。

  本日は袋井泊。

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