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水口宿〜土山宿

2010年11月7日(20710歩/5時間5分)


  近江鉄道 水口石橋駅で降り、ちょっと肌寒い旧東海道に立つ。駅からはほんの数十メートルである(左・左写真=8:57)。
  「三筋の町」の入口では「からくり時計」が迎えてくれる。9時、正午、3時、6時にからくり人形が動くようだ。 ちょうどタイミング良かったので見ることが出来た。旧街道はからくり時計の左側、すなわち真ん中の道を行く
  本町、京町、元町と進むと、まず右側から来る一筋と合流する(右・左写真=9:25)。
  また、すぐに左から来るもう一つの筋に合流する(右・右写真=9:26)。
  1585年秀吉が家臣に作らせた水口岡山城がすぐ左の山でこの辺が城下町だったそうだ。 その後、西に水口城が整備され東西2Km以上の宿場であったようだ。
  最後の合流点を振り返ると「高札場」となっている(左・左写真=9:27)。
  数分で「水口宿本陣跡」に着く(左・右写真=9:31/1806歩)。 ちょっと変に思ったのは、高札場を過ぎてから、つまり宿場の外側に本陣が位置することになるのだが・・・。 いずれにせよ、竹塀に囲まれた通路のようになっているので見逃しやすい。
  大きく左にカーブすると、旧国道1号線との交差点に来るので歩道橋を渡る(右・左写真=9:37)。
  すぐに二股の分岐点に来る(右・右写真=9:40)。ここには「東見付(江戸口)跡」がモニュメントとして整備されている。 ここは右方に坂を下る。
  山川橋を渡り、国道307号線の[秋葉北]交差点を横断して、坂を上る(左・左写真=9:44)。 この辺りはかつて車でよく走っていたのだが全く初めて通った。旧街道らしい道は歩いていても気分壮快である。
  暫くすると緩やかなカーブを描く三叉路に来るが、江戸向きの人は間違わないだろう(左・右写真=9:54)。
  さらに10分ほど歩くと、旧国道一号線(県道549号線)に合流する(右・左写真=10:05)。
  しかし、ここはほんの一瞬かするようにすぐに左斜めに脇道へ入る(右・右写真=10:07)。
  また、しばらくすると県道に合流(左・左写真=10:13)、またもやかするだけかと思える脇道が有る(左・右写真=10:15)。
  予備知識はあったのだが、「わしに聞け」と言わんばかりに分岐点に座り込んでいるお爺さんに尋ねると、 「この道は明治になってからつけたんや。旧道はもうちょっと行った建物が途切れたとこや。」最高の案内でした。
  これがその村外れの枡形入口(右・左写真=10:20)。坂を上がると、「浄土寺」というお寺がある。
  枡形出口は十字路になっているが、左方から来るのが先ほど教えてもらった明治になってから整備された道である(右・右写真=10:24)。
  すぐに「今在家一里塚跡」が右手に見えてくる。現在の場所(今郷)は少し移動して整備されたものとある(左・左写真=10:25)。
  さらに集落の外れまで行くと坂を下って、タイヤ屋さんにぶつかるように県道549号線と合流する(左・右写真=10:32)。
  その先に見える信号[大野西]で県道549号線(旧国道1号線)は、現在の国道一号線に合流する。 信号を渡って国道の向こう側斜めに続いているのが旧東海道である(右・左写真=10:34)。
  今宿という集落を抜け、国道を右手に見下ろしながら進んで行くと、歩道橋の有る信号に出る(右・右写真=10:56)。
  歩道橋から見た旧東海道である(左・左写真=10:58)。旧街道色(オレンジっぽい土色)のアスファルトが敷かれ、迷わず歩ける。
  途中最も野洲川に近づいた所から見た景色である。流れが細くなった浅瀬に数十羽の鳥、獲物を狙ってじっと立っている(左・右写真=11:15)。
  拡大写真でよく見ないと見えない・・・
  土山らしい茶畑と松並木(右・左写真=11:19)。京都の宇治茶と並ぶ滋賀の土山茶。この辺りから鈴鹿峠にかけては近江の茶所である。
  さ〜てと、ぼちぼちお腹が・・と思ったところへ相方が「前から行きたかったええとこあんねん」と来た。 「手打ちそば玄鹿」民家のような売り切りごめんのそば屋さん(11:50/14231歩/12:35)。あっという間にお客さんで一杯に・・・。
  実は先ほどのそば屋さんの手前100mくらいの所に分岐点がある。左へ行くのが東海道なのだが、野洲川が越えられない。 したがってこの道は現在の迂回路専用の「歌声橋」を渡る(左・左写真=12:42)。
  国道一号線に出たら少し側道を行く(左・右写真=12:46)。
  「JAこうか」の建物が見えたら、歩道が無いので注意して渡り、その建物の左側脇道に入る(右・左写真=12:55)。 もちろんこれも単なる迂回路だが、その先に旧東海道がある。
  野洲川の渡しが渡れたなら、この十字路の左から右へ続くのが旧東海道と言うことである(右・右写真=13:05)。 交差点に図のような道標が有る。
  またすぐに国道へと返ってくる(左・左写真=13:11)。
  ほんのちょっと歩いた三叉路(国道左側)に古い追分道標が有る。 「御代参街道起点」と言って、ここから日野町鎌掛、八日市を通り中山道愛知川宿手前の小幡へつながる脇往還とある。 1640年春日局が多賀大社へ参拝した後、ここを通って伊勢神宮へ行かれた際整備拡張されたとも説明がある(左・右写真=13:15)。
  追分から見える[南土山]信号を斜め右に入っていくと宿場らしい雰囲気になってくる。
  街道絵で飾られた橋を渡って(右・左写真=13:26)、少し行った十字路角に「大国屋本陣跡」がある(右・右写真=13:27)。 参勤交代などで土山本陣のみでは収容しきれなくなり控本陣として指定された。
  土山家が勤めていた「土山宿本陣跡」(左・左写真=13:34/18311歩)。 明治天皇が天皇となられて初めての誕生日をここで迎えられ、住民にスルメと酒を下賜されたそうだ。
  土山には大野、土山、山中と三つの一里塚が有ったようだ。ここは「土山一里塚跡」である(左・右写真=13:50)。
  「道の駅 あいの土山」の裏手で直角に左へ折れる(右・右写真=14:01)。
  目の前に「田村神社」の鳥居が見える(右・右写真=14:06)。 鳥居をくぐり神社の境内に入っていくのだが、本日はここまで。歩道橋の横にコミュニティバスあいくるEXPRESSのバス停がある。 JR草津線貴生川駅まで全区間乗っても250円。14時20分発に乗って帰路に着く。

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