10月 21 2016

二宮駅最寄り~大磯宿~平塚宿~茅ヶ崎駅最寄り

(22839歩/4時間50分)


二宮駅最寄り 国道一号線[心泉学園入口]国府津本郷の一里塚跡

  夕べは平塚で宿泊し昨日の終点二宮まで東海道線でやって来た。(左・左写真=8:31)
  2.5キロ程も歩くと、[国府新宿]という信号がある。この辺りから国道一号線に沿ってはいるものの明らかに別の道と言う感じになってくる。そして間違いなく分岐が始まる所に「国分本郷の一里塚跡」がある。(左・右写真=9:07) 実際の一里塚はさらに200m江戸寄りに有ったとある。

不動川にかかる真っ白い橋国道一号線合流

  不動川と言う小さな川に掛かる真っ白な橋。歴史的な意味は分からないが欄干の親柱の上部が常夜灯の様にデザインされて特徴的である。(右・左写真=9:16)
  国道一号線[城山公園前]で合流する。(右・右写真=9:22) ちょっと近代にタイムスリップするが、地図によるとこの信号の南、海側には旧吉田邸がある。右奥の森に囲まれた一帯がそうなのだろうか。

中央分離帯に残る松並木大磯宿に入る

  見慣れた「鎌倉」「江ノ島」「134号線」等の地名が書かれた標識。海辺には西湘バイパスから続く国道一号線バイパスが走っている。残念ながらこの国道一号線からは海を眺める事は出来ない。(左・左写真=9:40)
  いよいよ大磯宿に入ったという感じに成って来る。大磯駅への南側入口の標識。(左・右写真=9:49) この先でほぼ直角に左カーブして北向きに成る。

大磯宿 尾上本陣跡碑(大磯小学校発祥の地)国道一号線[大磯駅入口]信号

  間もなく、国道右手に消防署(「大磯町消防本部」)が見えてくる。ちょうどその筋向かい、銀行の前に黒っぽい石碑が有り「大磯中学校発祥の地」と彫られている。これが「大磯宿 尾上本陣跡」である。江戸方面から来ると先ずこの文字が見える。(右・左写真=9:57/8357歩)
  次の大きな交差点は[大磯駅入口]と言う名の、東側からの入り口である。(右・右写真=10:03)

国道一号線[三沢橋東側]信号から左へ分岐東海道本線をくぐる(竹縄架道橋)

  大磯の街の外れに来ると、歩道が広くなりその先が脇道に成っている交差点に至る。(左・左写真=10:07) この左脇道が旧東海道である。
  松並木の有る旧道らしい雰囲気の中を進んで行くと、JR東海道線をくぐる小さなトンネルが見えてくる。(左・右写真=10:13) この「竹縄架道橋」をくぐって直進する。

化粧(けわい)坂の一里塚跡国道一号線[化粧坂]信号で合流

  架道橋から200mも行かない左側、並木の陰に隠れるように「化粧(けわい)坂の一里塚跡」の案内板が立っている。(右・左写真=10:19) 海側には「榎」、山側には「せんだん」を植えたと記されていた。少し先右側には「化粧井戸」と言う旧跡もある。
  再び国道一号線に、[化粧坂]信号で合流する。(右・右写真=10:23)
  (「せんだん」とは栴檀と書き、落葉の高木とWikiに有る。)

平塚宿 京方見附の跡久保田歯科医院前 右折

  「花水橋」を渡る手前の交差点で先に国道右側歩道に移っておいた方が良い。橋を渡ってしばらくすると平塚市街>の標識が有り、その三叉路に来る。ここは「平塚宿京方見附の跡」で、右折せず直進する。(左・左写真=10:40)
  交差点を越え、5,60m行くと、「久保田歯科」と言う医院がある。ここが本来の平塚宿(平塚市街)への入り口である。(左・右写真=10:42)

見附から直接来る車道に合流平塚宿 本陣旧跡

  京方見附跡から入って来た車道と合流する。(右・左写真=10:48)
  初めての信号を過ぎるとすぐ、神奈川銀行の前に「平塚宿 本陣旧跡」の碑がある。この銀行が加藤七郎兵衛本陣跡に建っているらしく改築時に立派な石碑を別途建てている。(右・右写真=10:58/13019歩)

平塚宿 脇本陣跡平塚宿 江戸見附跡

  さらに、ワンブロックほど先に「高札場跡」を見て、同じくらい先には「平塚宿 脇本陣」山本安兵衛家がある。(左・左写真=11:04)
  3~400m歩くと、大きなマンション手前の駐車場角に「平塚宿 江戸見附跡」が有る。平塚市街はここから先だが、平塚宿はこの辺りで終わっていたようだ。(左・右写真=11:10)

昨晩止まったホテルまで戻って来た馬入の一里塚跡

  平塚の商店街に入る。現在の市街地である。昨晩止まったビジネスホテルの前を通る。(右・左写真=11:13)
  平塚駅前通りを渡って直進、10分ほど行くと左から再び、国道一号線が近づいてきて[馬入交差点]で合流する。その交差点の少し手前歩道の植木下に「馬入(ばにゅう)の一里塚跡」石碑が有る。(右・右写真=11:35) 文献によると2010年にこの石碑が建てられたようだ。

馬入橋へ側道から階段で上る相模川を渡る

  さて、いよいよ馬入(ばにゅう)川(相模川)を渡る。当時は相模川には60以上もの渡し場があったそうで、東海道は「馬入の渡し」と呼ばれた。側道をそのまま堤防まで行き階段を上がる。(左・左写真=11:38) 馬入橋の北側に「馬入ふれあい公園」が有り、堤防付近に「馬入の渡し碑」が整備されているようだが、通り過ぎてしまった。
  馬入橋から渡しが有ったであろう河原と東海道本線架橋。

日本橋まであと僅か!「南湖の左富士」の碑 鳥井土橋を渡る

  日本橋まで後61キロのポスト。(右・左写真=12:11) この先で「新湘南バイパス」の高架をくぐり、「小出川」を渡り、さらに大きく右にカーブしながら南に進む。
  間もなく、「鳥井戸橋」にやってくる。ここには「南湖の左富士の碑」がある。(右・右写真=12:28) もちろん京を向いてであるが左に富士を望む事が出来る。

茅ヶ崎駅前交差点

  この後、旧東海道(国道一号線)は大きく左にカーブして、本来の江戸の方向を向く。
  JR東海道本線 茅ヶ崎駅最寄りの交差点[茅ヶ崎駅前]で今回の東海道つぎはぎウォークは終了である。(左写真=13:14/22839歩)

  街道を離れ右手へ約300m、茅ヶ崎駅から小田原まで各停の車窓から歩いた街道を振り返り、新幹線で帰路に就いた。帰っての一風呂が楽しみである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA